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映画【Dogville】とキリスト教と移民の問題(ネタばれ注意!)
先日、GYAOというオンラインテレビサイトで「Dogville」という映画を見た。
ラース・フォン・トリアーという、デンマークの、こむずかしー映画を撮る人の映画。長くて長くて、たぶん普通に見てたら寝てしまう映画だったけど、寝苦しい夜だったので見終わったら、CM抜きで3時間というとんでも無い映画で、夜が明けていた・・・。
アメリカを題材にした三部作である、というわけで、とうぜん英語で取られていた。
スジはというと、
【ネタばれ開始】【ネタばれ開始】【ネタばれ開始】【ネタばれ開始】
マフィアに追われた金髪の女の子がドッグビルという村に逃げてくる。
最初は村にあたたく迎えられるが、やがて村人たちは女の子の弱みに付け込み、さまざまな厄介仕事を押し付けたり、white slaveryしちゃったりとやりたい放題。
やがて、自分の偽善を暴かれることを恐れた金髪の女の子の唯一の親友が、彼女をマフィアに売ってしまう。
ところが彼女を受け取りにやってきたマフィアのボスは、彼女の父親だった。
最初は村人たちを人間だからと守ろうとするが、やがてボスによって組織の権力を与えられた彼女は、村人たちを一番残酷な方法で処刑するよう命令する。マフィアたちは、彼女の命令どおり、子供たちを親の前で撃ち殺し、火を放ち、赤ん坊もふくめて皆殺しにする。
・・・オシマイ♪
とまあ、なんつーか身もふたも無い終わり方をするのだけども。
見終わった後で、日本での感想とアメリカでの感想を見比べてみた。
やはりというか、なんというか、日本とアメリカでの受け取りかたは全く違う。
ただ、それはどちらがいいとか悪いとか言う問題では全く無い。
たとえば、最後の女の子とマフィアの父親の会話を聞いていて、筆者はほとんど苦笑しながら「ああ、彼女はキリストで、マフィアのボスのお父さんは父にして神様なのね」と思った。とくに許すキリストと厳しいGod the Fatherというのは、まあわりと基本的な見方だ。詳しく話すと英語じゃなくて宗教の話になってしまうから省略するけど。
とすると、最後に彼女を「売ってしまった」彼女の親友は、ユダということになる。ユダもキリストの一番の親友だったし・・・。
もちろん、上の解釈が正しいというわけではないけれど、映画の作り手はほとんど挑発するようにしてキリストの隠喩を仕込んでいる。挑発というのは、そのキリストが最後には赤ん坊も含めた虐殺を「神罰」として実行させてしまうからだ。
アメリカでのネットの感想も、そこいらへんの解釈・解説・批判・賛同に集中した。
日本でのネットの感想の場合、そこいらへんのトピックはごっそり抜け落ちている。
もうひとつのトピックはと言えば、移民問題である。
アメリカでは、かつて黒人が最大のマイノリティだったけれども、不法移民によってメキシコ系の人口が2003年に黒人を抜いてしまった。
これらのメキシコ系不法移民に対する対処は、いまでも(2006年6月現在)ホットトピックで、アメリカ下院が不法移民の重罪として逮捕・追放を目指せば、上院のマケイン議員とブッシュ大統領のコンビは実質「無罪放免して市民権もあげる」というアムネスティプランをぶちあげて、現在対決中である。(同性愛問題に関しては徹底的に保守派のブッシュがこの件にかぎり保守リベラルのマケインと組んだのは、奥さんがメキシコ系の流れを汲むからだ、と友人が冗談めかしていっていた)
7年間、合法に滞在した筆者としては、5年間ばれずに不法就労していれば市民権というのにはちょっと悔しい。
けれども、じゃあ保守・リベラル連合の不法移民へのamnestyが、純粋に善意と行為から出ているかというと、そうもいえない。
レストランでの皿洗い、料理運び、引越しや、子守、そんな日本だったらパートのおばさんとか、学生のバイトとか、フリーターとかがやるような仕事は、みんなメキシコ系の不法移民がやっている。
安いし、保険払わなくていいし、契約とかもいい加減でいい。
映画ドッグヴィルで、「あんたを追っているマフィアに何もいわないから、娘が小便漏らしたベッドを早く綺麗にしな!」というような感じで、劣悪な条件でそういう仕事をやらした挙句、メキシコ系=2級市民というレッテルができつつあるようで、筆者は移民に肝要な保守・リベラルも信用していない。
ついでにいうと、white slaveryも中国系とかの輸入されてきた移民によって行われていることが多い。
安い中華系のダイナーとかでも、働いているのはみんな中国人で、しかも多分マフィアにお金をはらって「密輸」してもらった人たちだ。
また、兵卒ならグリーンカードがもらえるということで、不法移民の若者がイラクに戦争にいって、死んでしまって家族が市民権をもらって、というような出来事もあった。
アメリカの正義と経済は、そういうほとんど現在的な意味での奴隷制によって支えられている。もっとも、だからといって社会正義を振りかざすと、奴隷のほうもメキシコに帰ればUSダラーで大金持ちだったり、アメリカで大成功しちゃったり、普通でも普通に結婚して普通に不法なまま幸せに暮らしたり、と出来るくらい豊かだったりする現実にこぶしの降ろし先に困るのである。
なんだかまとまりがないけれど、まあ、そういう背景を知っていたほうがこの映画は楽しめますよ、ということで・・・。
もっとも、そういうコンテクストに頼り切った映画、というのもどうかという気がする・・・。
少なくとも、映画好きかつアメリカに縁がない日本人がこの映画を評価できない、というのであれば、それは監督の手際の悪さが原因で、筆者はよくいる「アメリカが世界の中心なんだから、教養としてアメリカの文化・歴史を知らないやつはダメ」という物言いをする気はない。
